映画のキャラクターの方ではなく
それを映し出すスクリーンの方が「私」なんだ。
ひとつのキャラクターに焦点を絞って
そのキャラクターからの視点を楽しんでいるけれど
他のキャラクターに視点を切り替える事が自由に出来る。
キャラクターからしたらそれは過去生だったり未来生だったり
意味付け・位置付けするけれど
時間の存在しない私視点では
いつでもどの時間軸でも好きに体験できるんだ。
それはRPGのように
時代もキャラクターも自由に選んでプレイする意識の遊び。
無限であると同時に今しか存在しない。
すべてを私が映し出しているんだ。
